天鏡のプロフィール

岡山県の温泉が近くで自然に溢れた城下町で天真爛漫と育つ

ごく一般的な頑固おやじでヤンチャな父親
マツダの下請け会社の役職のお嬢様育ちの母親

この異色の二人から次女として誕生しました。

♥幼少期から~20歳♥

4歳のある日、裏山が光り慌てて行ってみると大きな円盤?UFO?

まぶしい光に包まれ大きな人影が見えて耳が大きく尖っていたことは

小さいながら覚えていて怖くて意識を失ったのか眠っていたようでした。

気が付くと周りは薄暗くなっていたので、怖くなってあたりを見渡すと

何も誰もいなくて・・とりあえず走って家に帰ってこのことを告げたが

『大丈夫?頭』

なんとも母親も姉も信じてくれなく4歳にして孤独感を覚えたのです。

また、特に母親は広島原爆の被害者で私もそのせいか幼少期は

入退院を繰り返していました。父親が山百合を良く持ってきてくれたのが

今でも忘れられない記憶。百合の香りは大好き(o^―^o)ニコ

学生時代はスポーツと音楽に没頭

中学の時にスター誕生での見事な予選落ち

高校は3年3学期で無期停学・・今から考えると痺れるような経験。

♥成人を迎えて♥

大人になってからは2度の離婚経験にそれぞれに一子を授かる。

2度目の結婚で授かった子供が小児特定疾患の難病を生後6か月で

患ってしまいました。2度目はすべてを背負っての離婚となりました。

難病の子供を抱えての病院勤務・・・2度目の旦那の借金1700万

働いて働いて昼も夜もトリプルワークを10年ほど続けました。

その間、2度目の離婚後に縁があったひろくんは阪神大震災で犠牲となり

天に召されました。その後も・・・

もちろん恋もした不倫もした 愛人生活も経験しました。

でも、結局どれもこれも満足はいかなかった・・・事業も立ち上げたり

夜のお店も任されチーママからヘットハンディングでママとして独立。

赤字はなかったけど自由というものは無かった。休みもなかった・・

子供が小学を上がるときに夜の世界には終止符を打ちました。

次回に続く(;^ω^)  休憩

その後は色々な仕事や役職もこなすが

心と身体のバランスを崩しストレスから半身不随になりリハビリを

繰り返す。疲れて関西から関東に移動したのが下の子が高校2年になる時

私は車を走らせた。夜の高速を東へと・・・

東京に行くつもりが東北道へ栃木県に居りついたのです。

そこで一人で生きていくことを決意して、慣れない土地に言葉に

辛さと悲しみを覚えましたが、脳裏に浮かぶのは子供の顔でした。

負けたらダメ病気がなんだと、自分に言い聞かせて必死に過ごしました。

仕事をしながら仲間も出来たそんな時に東日本大震災福島原発事故

この事故が無かったら【被ばく症】にはならなかった。

担当ドクターは言った。

可愛そうだけど・・つまりはダブル被ばくだねって。